Expert Interview

専門医に聞く
“遺伝子治療のいま”

専門医に聞く“遺伝子治療のいま”
GENE THERAPY
遺伝子治療の種類

Vol.2 遺伝子治療と
遺伝子治療と既存治療の位置づけ

大阪大学大学院 工学研究科
小野寺 雅史 先生

遺伝子治療と既存治療の位置づけ

遺伝子治療は、正常に機能する遺伝子を患者さんの細胞に組み込み、その働きによって病気の治癒を目指す医療技術です。本パートでは、遺伝子治療の仕組みや従来の薬物治療との違いなどについて、大阪大学大学院 工学研究科 小野寺 雅史先生にご解説いただきました。

遺伝子治療は、
従来の薬物治療と
どのような点で異なる
のでしょうか。

遺伝性疾患に対する従来の薬物治療は、体内で不足しているタンパク質などの成分を体外から定期的に補充する方法が中心です。一方、遺伝子治療は、正常に機能する遺伝子を細胞内に組み込み、必要な成分を補充する治療です。たとえば血友病では、不足する血液凝固因子(タンパク質)を定期的に注射で補う治療が行われていますが、遺伝子治療では、血液凝固因子を作る遺伝子を細胞に組み込み、患者さん自身の細胞が正常な血液凝固因子を作れるようにします。つまり、従来の薬物療法が外から凝固因子を定期的に補う治療であるのに対し、遺伝子治療では患者さんの細胞が自ら凝固因子を作り出せるようにする治療といえます。

なお、タンパク質は体内で消費されるため、従来の薬物療法では長期間にわたり治療を継続する必要がありますが、遺伝子治療は疾患の原因遺伝子にアプローチするため、一度の治療で効果の持続が期待できます。しかし、いったん治療を行うと元の遺伝子の状態に戻すことが困難なため、遺伝子治療の実施にはベネフィットとリスクを十分に考慮した慎重な判断が求められます。

このように、従来の薬物治療と遺伝子治療は、どちらが良いかを単純に比較するものではなく、疾患の特徴や患者さんの状態に合わせて適切な治療法を選択することが重要です。

ゲノム編集と遺伝子治療は
どのような点で異なる
のでしょうか。

遺伝子治療には、正常に機能する遺伝子を補う治療(gene addition)と、原因遺伝子に直接遺伝子操作を加えるゲノム編集(gene correction)(図1)があります。これらの使い分けは、疾患の原因となる遺伝子変異(バリアント)の違いに応じて検討されます。なお、遺伝性疾患には、①遺伝子の働きが不足することで発症する疾患(潜性[劣性]遺伝)と、②遺伝子の不適切な働きによって発症する疾患(顕性[優性]遺伝)があります1)。

これまでのgene addition型の遺伝子治療は、主に潜性遺伝性疾患に対して行われる治療法です1)。もともとの機能しない遺伝子は残りますが、新たに組み込まれた遺伝子が機能することで、不足しているタンパク質が細胞内で作られます。その際、遺伝子を細胞に届ける「運び屋」をベクター(後述)と呼びます。また、遺伝子を細胞に導入する方法には、直接、遺伝子を体内に届けるin vivo法と、いったん体外に取り出した細胞に導入するex vivo法(後述)があり、疾患に応じて使い分けられます1)。

一方、ゲノム編集は、目的とする遺伝子の特定部分をピンポイントで修正する技術であり、遺伝子の不適切な働きによって異常なタンパク質が産生される顕性遺伝性疾患に対して用いられます。現在、ゲノム編集技術は複数開発されていますが、その多くはを用いたもので、目的とする変異遺伝子(DNA)を正確に認識し、切断・修正します1)。

まとめますと、「遺伝子【で】治療」するのがこれまでの遺伝子治療(gene addition)であり、「遺伝子【を】治療」するのがゲノム編集(gene correction)となり、このため、両者の遺伝性疾患に対する治療戦略は明確に異なります。

図1:遺伝子治療(gene addition)とゲノム編集(gene correction)の違い

遺伝子補充とゲノム編集の違いの図

遺伝子の「運び屋」
であるベクターとは
どのようなものですか。
また、遺伝子治療における
in vivo法とex vivo法について
教えてください。

遺伝子治療では、目的とする遺伝子を細胞中の核まで届ける(組み込む)必要があります。しかし、遺伝子は体内で非常に壊れやすく、単独では細胞内に組み入れることができません。そこで用いられるのが、遺伝子の「運び屋」であるベクターです(図2)。ベクターには、「ウイルスベクター」と「非ウイルスベクター」があります。

ウイルスベクターは、ウイルスが本来持つ「細胞に侵入する性質」を利用したものです。治療に用いられるウイルスベクターは、この性質を保持しながら、病原性や自己複製能を取り除くように設計され、感染症を引き起こさないように安全性に配慮されています(図3)。代表的なウイルスベクターとしては、レンチウイルスやアデノ随伴ウイルス(AAV)(図4)があり、疾患や治療対象に応じて使い分けられています。

一方、非ウイルスベクターは、脂質や高分子などで遺伝子を包み込み、細胞内で分解されないように遺伝子を保護しながら核へ届ける仕組みです。一般的に、非ウイルスベクターはウイルスベクターに比べて遺伝子導入効率は低いとされていますが、疾患や標的となる細胞、導入する遺伝子、治療法の特性に応じて使用される機会も増えてきています。特に近年は、ゲノム編集技術を用いた遺伝子治療において、脂質ナノ粒子を用いたベクターが主に用いられています。

遺伝子を細胞に導入する方法に関しては、in vivo法とex vivo法に大別されます(図5)。iin vivo法はAAVベクターなどを患者さんの体内に直接投与し、目的の細胞に遺伝子を届ける方法です1)。これに対し、ex vivo法は、患者さんの細胞を一度体の外に取り出し、無菌環境下でレンチウイルスベクターなどを用いて遺伝子を導入し、再び体内に戻す方法で、主に血液細胞など体外に取り出せる細胞が対象となります。CAR-T療法(図6)は代表的なex vivo遺伝子治療の一つです1)。

図2:遺伝子を運ぶベクター

AAVベクターは、タンパク質の殻の部分に複数の型があり、どこの細胞に遺伝子を届けたいかによって最適な型を使い分けることができます。

型の中には、届け先がより明確なものや、より広範なものがあります。

AAVベクターによる細胞への運搬イメージ

AAVベクターによる細胞への運搬イメージ

図3:ウイルスとウイルスベクターの違い

ウイルスベクターの原型である野生のままのウイルスは、一般的に病原性を持つ場合が多いため、病原性に関連する遺伝子が取り除かれたものを使っています。また、ウイルスが増殖するための遺伝子も取り除かれているので、周りの細胞に感染して増えていくことはありません。なお、一部のがん治療用ウイルスの場合は、がん細胞の中でだけ増殖するように工夫されているものもあります(制限増殖型)。

ウイルスとウイルスベクターの違い

4種類の塩基配列の図

ウイルスベクターは、ウイルスが細胞に感染して遺伝情報を送り込む能力を利用して、
治療用の遺伝子を目的の場所(標的細胞)に送り込むように特定のウイルスを設計したもの

図4:AAVベクターを用いた遺伝子治療

AAVベクターは、治療用の遺伝子と、それを包むタンパク質の殻でできています。

AAVベクターを用いた遺伝子治療では、1回の投与で目的の場所(標的細胞)に遺伝子を導入できます。導入した遺伝子をもとに、標的細胞の中で目的のタンパク質を作り出します。

ウイルスとウイルスベクターの違い

4種類の塩基配列の図

図5:in vivo法とex vivo法

遺伝子治療ではまず、治療用の遺伝子を目的の場所(細胞)まで届け、そこで遺伝子を発現させる必要があります。この運搬のことを「遺伝子導入」と呼びます。

遺伝子導入の方法には、治療用の遺伝子を直接患者さんの体内へ送り込む体内法(in vivo遺伝子治療)と、細胞を介して遺伝子を組み入れる体外法(ex vivo遺伝子治療)の2種類があります。

4種類の塩基配列の図

※ゲノム編集による遺伝子治療の場合は、ゲノム編集ツールを導入する。また、ベクターを使わずに導入する方法もある。

図6:CAR-T療法

がんに対する遺伝子治療の代表的な方法は、「CAR-T療法」と呼ばれるものです。

CAR-T療法とは、患者さんの血液から免疫細胞の1つであるを取り出して、そこへがん細胞を攻撃するために設計された「CAR」の遺伝子を導入して、その細胞を投与する方法です。

主に、白血病やリンパ腫などの血液がんを中心に用いられています。

ほかにも、ある種のウイルスが細胞を壊す性質を利用して、がん細胞だけを壊すようにウイルスを遺伝子改変した「がん治療用ウイルス」などが開発されています。(遺伝子治療の対象疾患)

CAR-T療法の図

遺伝子治療の安全性について、
現在までにどのような知見が得られていますか。

遺伝子治療の安全性に関しては、これまでいくつかの重要な懸念が報告されています。たとえば、使用したウイルスベクターが染色体(ゲノム)に組み込まれる際、その近くにあるがん関連遺伝子を活性化させ、ベクターが挿入された細胞をがん化させるリスクが報告されています1),2)。また、ウイルスベクターを大量に投与した場合、ウイルスベクターに対し体内の免疫系が過剰に反応し、肝障害や血管障害、心筋障害などの重篤副作用を引き起こすことも報告されています2)。
一方、ゲノム編集では、目的としない遺伝子を誤って切断してしまうオフターゲット作用のリスクが指摘されています1),2)。このようなオフターゲット作用によって意図しない遺伝子変化が生じ、それが長期に及ぶ場合、ガン発症につながることが懸念されています2)。
なお、これらのリスクを低減するため、現在もベクターやゲノム編集技術の改良が続けられていますが、長期的な安全性については、いまだ十分には分かっていません。そのため、治療を検討する際は、将来的なリスクも含めた慎重かつ十分なインフォームドコンセントが不可欠です。また、現在、開発段階ではサルなどのヒトに近い動物を用いた安全性評価を含む試験(非臨床試験)が行われており、さらには、治療後も長期にわたり患者さんの状態を観察する体制(製造販売後調査:PMSなど)が整えられています。未知のリスクを予測することはできませんが、こうした知見の蓄積と透明性の高い情報公開によって、安全性の向上に向けた取り組みが続けられています。

遺伝子治療に関する現在の課題と、
その取り組みについて教えてください。

遺伝子治療の実用化には、複数の課題があります。その一つとして、遺伝子治療で用いられるベクターを持続的に供給できる体制の整備が挙げられます。臨床で用いられるベクターの製造には非常に高度な技術が必要であり、その結果、製造コストがかさみ、治療費が極めて高額となる傾向があります。こうした課題に対し、欧米ではウイルスベクターの製造工程を標準化することでコスト低減を図り、高品質なベクターを安定的に供給する枠組みの構築が進められています。また、遺伝子治療を社会に広く定着させるためには、社会的な関心の高まりと合意形成(コンセンサス)が極めて重要です。しかし、日本では海外と比べて、遺伝子治療に対する認知や理解が十分とはいえません。そのため、今後はアカデミア、製薬企業、医療者、政府および患者団体が密接に連携する「コンソーシアム」を構築し、実際に得られた臨床データを適切に公開(ディスクロージャー)することで、社会における遺伝子治療への正しい理解の下、開発を進めていくことが重要だと考えます。

メッセージ遺伝子治療に対する社会全体の関心と理解を

遺伝子治療は、これまで有効な治療法が限られていた遺伝性疾患に対して、原因となる遺伝子そのものに働きかける新しい治療法です。現在、世界中で遺伝子治療の研究開発が進められています。一方で、安全性や治療後の長期的な影響など、なお解決すべき課題も数多く残されています。そのため、得られた臨床情報をできるだけ公開し、遺伝子治療の現状を社会に正しく伝えていくことが重要だと考えています。
最後に、遺伝子治療が遺伝性疾患の患者さんにとって真の希望となるためには、社会全体の関心と理解が欠かせません。そのためには、遺伝子治療を「特別な治療法」として遠ざけるのではなく、最新の正確な情報に触れ、その理解を深めていただくことが重要だと考えております。今後も、遺伝子治療が難治性疾患に対する標準的治療として確立することを願い、可能な限り臨床情報を公開してまいります。ぜひ、遺伝子治療に関心を持ち、理解を深めていただければ幸いです。

小野寺 雅史 先生のメッセージ動画

遺伝子治療は、対象疾患および患者さんの状態によって有効性や安全性は異なります。本取材における医師のご発言は、遺伝子治療全般について特定の有効性や安全性を保証するものではありません。

1) 小野寺 雅史 難病と在宅ケア 30(2):38-42, 2025

2) 小野寺 雅史 医学のあゆみ 282(5):351-359, 2022